Stories日本の美をつくる

01織物

伝統を今に伝える
織物壁紙の技術[小嶋織物、エリモ工業]

「織物の産地」として知られる、京都・木津川地域。古くから伝わる薄織物の技術でつくられた織物壁紙をはじめ、伝統を今に受け継ぐさまざまな壁紙製品がつくられています。ここでは、その美しさと魅力を国内外に発信している、2つの壁紙製造メーカーをご紹介していきます。
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茶栽培も盛んに行われてきた木津川地域。
上狛には福寿園をはじめ今も茶問屋が軒を連ねています。

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糸デザインから一貫生産する
『粗さ』を生かした織物壁紙

近畿地方のほぼ中央に位置する、京都府南部の木津川市——。2007年に旧木津町、加茂町、山城町の3つの町が合併して誕生した市ですが、その歴史は古く、3世紀頃には市の中央を流れる木津川を通じて東アジアの国々とつながっていたという記録が残されています。一方、奈良時代には平城京を建設する際の木材の陸上げ場として繁栄。その後、平城京から加茂町の恭仁京に都が遷されて、5年間にわたって日本の首都にもなりました。

そんな木津川地域に薄織物の技術が根付いたのは、江戸時代のこと。中国の呉から奈良へ伝わった蚊帳づくりの技術が木津川経由で地域に広がり、以来、木綿や麻の薄織物を使ったふすま紙づくりが盛んに行われるようになったと言います。
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織物工場の特徴とも言える、のこぎり屋根。
糸や生地の色確認に不可欠な自然光を取り込みます。

「西陣織や桐生織の場合、1メートルに4000本以上の細い経糸を使用します。一方、この木津川地域でつくられている薄織物は、900本程度。目が荒く、適度に隙間が空いているため、細い糸だけでなく太い糸を使って織ることができます。弊社ではこのような『粗い織物』の伝統技術を生かして、ボリュームがあり、ふわふわとしていて、ぬくもりも感じるような、意匠性を追求した織物壁紙を製造しています」

そう語るのは、織物の産地・木津川地域で約90年の歴史を持つ「小嶋織物株式会社」代表取締役の小嶋一さん。織物壁紙、織物ふすま紙を製織から最終製品まで一貫生産している、国内でも数少ない製造メーカーのひとつです。
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木津川地域の織物の歴史を語る、小嶋一さん。
織物・紙壁紙工業会の会長も務められています。

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合糸工程では、様々な素材や色、オリジナルの糸を組み合わせ、
新しい表情の糸をつくり出します。

「私たちがつくる織物壁紙の特徴は、糸の太さはもちろん、素材や形状、色合いなどを一からデザインできるということ。例えば、引き揃え合糸の技術を使い、黒糸と光沢がある白糸を1本にすることで、『輝きのある灰色』のような独自の色を生み出せます。また、外注を利用して、糸を染色することもできる。さらに、色をつけた経糸、緯糸を組み合わせることで、より複雑な表情の織物をつくることも可能でしょう。

このように1本ずつ糸をカスタマイズし、その個性を生かしながら製織していくことで、お客様が求めているテクスチャーに合わせて織物壁紙をつくり出すことができるのです」
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また、天然素材の綿と麻、そして木から生まれるレーヨンを使用しながら織物壁紙を製造しているのも、小嶋織物の大きな特徴です。

「天然の植物繊維が原材料ですから、埋め立てをしたときは分解して土に戻ります。焼却をしてもダイオキシンや有毒ガスが発生しません。そのため、非常に地球環境にやさしい壁紙だと言うことができます。一方、天然素材でできているということは、『呼吸をして生きている』ということ。吸湿性、調湿性に優れているため、室内のホルムアルデヒドやVOC(揮発性有機化合物)を吸着します。また、結露やカビの発生を緩和する効果もあります。ただ、現代的な高機密の部屋で織物壁紙を使用すると、生活の中で発生する蒸気や湿気の影響を受け過ぎてしまう可能性も。その点には、少しだけ注意が必要かもしれません」
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検反機を使いながら、製織された生地を確認。
同時に不要物を取り除いたり、補修したりします。

日本で織物壁紙のトップシェアを誇り、アメリカをはじめとする海外の国々からも注目を浴び続けている小嶋織物。しかし、小嶋さんは「織物壁紙のシェアが少なくなっている日本に向けて、もっと言えば地元の木津川地域に向けて、この製品が持つ魅力を伝えていきたい」という想いがあるのだと言います。

「3年前、地域で『山城織物協同組合』という組織をつくったのですが、今残っているのはそのうちの5社程度。そのうち壁紙を製造しているのは3社で、織物壁紙を糸から一貫生産しているのは弊社を残すだけになっています。その意味では、木津川地域は純粋な意味での『織物の産地』ではなくなってしまっている状況です。この土地に再び織物の文化を根付かせるためにも、まずは木津川の人たちに織物の産地であることを認識してもらうのが大切だと考えます」
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小嶋さんとリリカラのアートディレクター・波多野。
今後の製品のあり方について議論を重ねます。

その活動の一環として現在準備を進めているのが、社内のオープンファクトリー化。工場見学ができる環境を整え、さらには製品のコーディネーターが常駐するショールーム施設を併設させることも検討していると言います。

「デザイナーさんや一般のお客様が私たち作り手と出会い、『この工場の製品なら、使ってみたい』と実感してもらえるような場所をつくりたい。そのためにも、まずは組合としていろんな地域イベントに参加して織物壁紙の魅力を発信し、ファンを地域から構築していけたらと考えています」
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プリント加工技術×天然素材で、
五感に訴える壁紙を追求する

同じく木津川地域において、レーヨンや麻、シルクなどを使った織物のほか、ガラスや和紙などの天然素材を用いた壁紙製造を行っているのが「エリモ工業株式会社」。明治時代に麻布の製造販売を始めて以来、現在まで130年続く歴史を持つ老舗の壁紙メーカーです。現在は、壁紙の加工に特化し、壁紙メーカーとしてトップクラスの生産高を誇ります。
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経糸用の糸巻き工程。
さまざまな製糸工場から譲り受けた木管を
一つひとつ大切に使用している。

エリモ工業の大きな特徴と言えば、プリントを中心とした加工技術。代表取締役の中村由之さんはこのように説明します。

「弊社のプリントは、『ロール捺染』という銅を腐食させる凹版の手法を使うもの。銅メッキを施したプリントロールを腐食させて凹版の柄をつくり、捺染機で水性顔料を塗布して、人の手で圧力を調整しながら素材となる壁紙に色をのせていきます。この技術を使うことで、凸凹のテクスチャーを持った壁紙に対しても独自のプリントを行うことができるのです」
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経糸をビームに巻きつける整経工程では、
まずクリールスタンドに原糸をかけて準備を行います。

このとき、プリントされた柄はまだ水分を多く含んだ状態。その後、乾燥室やシリンダー乾燥機などのレーンに送られ、乾燥を通じて顔料を定着させる作業を行います。このような一連のプリント工程を行える設備こそが、「エリモ工業の加工の心臓部分」だと中村さんは言います。
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ロール捺染を終えた後の金属凹版。
表面の銅メッキ部分には、細かな模様が掘り込まれています。

また、エリモ工業では、生地となる織物や和紙、ハンドクラフト素材を、日本だけでなく世界の国々から取り寄せているという特徴もあります。

「例えば、インドネシアで織ってもらったバナナ繊維の織物やフィリピンで漉いてもらった紙、そのほかタイやベトナムなどの国からもさまざまな天然の生地素材を輸入しています。さまざまな仕入れ先とつながりながら、一方で刺繍やエンボス、転写などの外注加工先とも提携する。そうすることで、『天然素材が持つテクスチャーの生地に、アルミ箔を転写させる』というような複雑な加工が可能になっていきます。また、その上から水性顔料をプリントして色を組み合わせていくことで、表現の幅をさらに広げていくこともできるのです」
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フィリピンで製造されている手漉き紙。
あえて手作業で行うことで、独自の素材感を生み出します。

そんなエリモ工業がモノづくりを行う上で大切にしているのが、「素材感を生かし、加工方法に工夫を重ねて、人の五感に訴える」ということ。

「例えば織物壁紙の場合、テクスチャーに個性があったら目に楽しいし、ちょっと触りたくなります。そして手に触れたら、その壁紙にしかないザラザラとした音を感じます。もちろん天然素材ですから、素材それぞれの香りもするでしょう。また、経糸や緯糸、そのほかの素材を感じながら、ひとつの作品として味わうこともできる。つまり、壁紙というのは『五感を心地良く刺激してくれるもの』なのです。そのような可能性があるものをつくっているからこそ、『今、ちゃんと人の五感に訴えかけるような壁紙づくりが行えているのか』ということを、常に自分の胸に問いかけるようにしています」
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とはいえ、天然素材は、同じ材料でも一つひとつに個性があるもの。その個性に合わせてモノの良さを引き出すというのは、簡単なことではありません。

「だからこそ、それぞれの作業工程の中に自分たちなりのレシピを用意して、素材の状態に合わせて調整を行っていく必要がある。当然、その分だけ手間はかかりますが、製品として理想のものができた瞬間は、やはりうれしさが込み上げてきます」
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現在、国内の壁紙出荷量は約6億平米。そのうち塩化ビニール製品が数字の大半を占め、天然素材製品のシェアは約1%程度だと言われています。それでも、中村さんは「天然素材の壁紙に、大きな可能性を感じている」と力を込めます。

「1%ということは、約600万平米の市場があるということ。これが2%になっただけで、1200万平米。たった1%で、インパクトのある数字を生み出します。しかも、天然素材製品の魅力や品質の高さをもっと伝えていくことができれば、それは高すぎるハードルではないと考えます」
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中村さんとリリカラ・波多野。
久しぶりの工場見学を終え、
壁紙のアイデアについて語り合いました。

「今後、壁紙のつくり手を担う若い世代の人たちのためにも、この業界を夢あるものにしたい。そのためにも、私たちは挑戦を続ける必要がある」と中村さん。

「自分たちが勉強して得たものを、社会に還元していく。そのような『貢献』の姿勢こそが、仕事というものの大前提です。だからこそ、目の前の作業一つひとつに知恵を使って、心をこめていく。そういうモノづくりを、これからも続けていきたいと思っています」
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